大判例

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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)213号 判決 1987年5月07日

控訴人

藤野利勝

控訴人

藤野照代

控訴人

鈴木政治こと

金昌律

控訴人

鈴木瀧子こと

朴瀧子

右控訴人ら四名訴訟代理人弁護士

水田博敏

被控訴人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

安藤猪平次

長谷川京子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人藤野利勝及び同藤野照代に対し各一二〇〇万円を、控訴人金昌律及び同朴瀧子に対し各一五〇〇万円をそれぞれ支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び二、三項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は左のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一(ただし、原判決三枚目表一二行目の「保険金」の次に「(ただし、自損事故保険金及び搭乗者傷害保険金の合計)」を附加し、同裏一一行目の「これを」を「対人賠償保険金を後配合計三〇〇〇万円の限度で直接」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。

(控訴人らの主張)<省略>

(被控訴人の主張)<省略>

理由

一被控訴会社が昭和五六年四月三〇日曽根きよみとの間で、同女を記名被保険者、本件自動車を被保険自動車、保険期間を同年五月五日から一年間、保険事故を対人賠償責任の発生(保険金限度一億円)、自損事故(同一四〇〇万円)、搭乗者傷害(同一〇〇〇万円)等とする自家用自動車保険契約を締結したことは当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、右契約における約款内容は第一章賠償責任条項(対人賠償を含む)、第二章自損事故条項、第四章搭乗者傷害条項、第六章一般条項(第三、第五章は省略)からなつており、本件に関係する条項はそれぞれ後記のとおりであることが認められる。

次に、藤野高平(昭和三八年八月六日生。控訴人藤野利勝、同藤野照代の子。成立に争いない甲第一号証参照)が右保険期間中である昭和五六年九月一二日午後九時本件自動車運転中に事故を起こし死亡したこと、またそのさいこれに同乗していた朴重男(昭和三八年一二月二九日生。控訴人金昌律、同朴瀧子の子。原本及び成立に争いない甲第二号証参照)も右事故により死亡したことも当事者間に争いがない。

二控訴人藤野ら両名は高平の相続人として前記自損事故条項及び搭乗者傷害条項に基づき、控訴人金及び同朴は重男の相続人として前記対人賠償責任条項に基づき、それぞれ被控訴会社に対し保険金の支払請求をするのに対し、被控訴人は高平の各保険事故条項該当性についてはこれを認め、重男のそれについてはこれを争つている。

三しかし、いずれにしても被控訴人は右両名の死亡事故についてともに前記一般条項六章五条一、二項所定の被保険自動車譲渡による免責条項(その約定文言は別紙のとおり。)を援用して保険金支払の免責を主張しているので、次に右主張の当否について検討する。

1  まず、本件自動車の所有者は同車の登録名義人曽根きよみの子である曽根英明であるところ、同人は本件事故のあつた前日である昭和五六年九月一一日高平に対して同車を代金四〇万円で売却する旨の売買契約を締結し、翌一二日午後七時ごろ内金二〇万円の支払いを受け、本件自動車を高平に引き渡し、ここに、本件自動車の所有権及び運行支配が高平に移転したことは当事者間に争いがない。

従つて、本件事故は右引渡し約二時間後に発生したものである(なお、さらに右交通事故の具体的情況をみるに、成立に争いない乙第四号証によれば、高平(滝川高校三年生)は右引渡しを受けた直後早速本件自動車に重男(東洋大姫路高校三年生)ほか三名の友人を同乗させて、加古川市内の繁華街をドライブしたあと、明石市に入り、国道二五〇号線バイパス明姫幹線を人工島へ時速約一五〇キロメートルの高速度で運行し同市二見南交差点に差しかかつたさいハンドルの操作を誤り、道路東側人家のコンクリート製ブロック塀に激突して本件事故を惹起したものであることが認められる。)。

2  そして、右事実関係を前記約款六章五条一、二項に照らすと、本件事故は、本件自動車の「譲渡」がなされた後に生じたものであるから、一応、この限りにおいて被控訴会社は前記各保険金の支払いを免れると解されること次のとおりであつて、このことは控訴人らも自認しているところである。

すなわち、(イ)まず、右免責条項が有効であることは原判決の説示するとおりである(原判決一一枚目裏初行の「商法六五〇条は」から同末行まで)。(ロ)次に、なるほど本件においては、高平は事故当時未だ本件自動車の残代金二〇万円を支払つていなかつたこと前記のとおりであり、また前記事故に至つな経過からして登録名義の移転も未了であつたと推認されるところである。しかし、一般に、自動車売買が有効に成立しその引渡しがなされた場合には、該車両の所有権移転があつたとみられるのはもちろん、その運行上の支配ももはや売主(本件では英明)の手を離れ、これに代つて買主(本件では高平)がこれを取得し、よつて、買主は該車両を自己のため運行の用に供しうる状態になつたと解すべきであつて、以後の該車両にかかる保険事故は専ら右引渡しを受けた買主に関して生ずると考えられるところである。そして、このことは保険者にとつて重大な関心事であることはいうまでもない。このように考えると、本件のように被保険自動車の売買契約がなされ、一部代金の支払いとその引渡しがなされたような場合には、たとえ右売買について残代金の支払未了等の事情が存しても、他に特段の事情がない限り、該車両はすでに前記約款所定の「譲渡」がなされたものであると解するのが相当である。しかし、その反面として、たとえば車両売買交渉の段階で買主予定者が該車両を試運転しているにすぎないような未だ車両が原所有者の運行支配を離脱したと解し難い場合には、「譲渡」は未了であると解すべきである。

しかして、右のような帰結が正当であることは次のような点によつても裏付けられるところである。すなわち、本件保険約款を通覧するに、本件保険約款においては被保険自動車が誰によつて支配管理されているかが契約締結上の重要な要素となつていることが窺われる。いまこれを換言すれば、本件保険契約においては保険契約上の客体ともいうべき被保険自動車如何よりも、むしろ被保険者(及びこれに関係する一定の者)の個性如何を重視する建前をとつていると解されるのであつて、この点が車両単位保険を建前とする自賠法上のいわゆる強制保険契約と性格を異にするところであつて、このことは前記約款六章五条自体譲渡の場合には被控訴会社側にその承認権を留保していることや、同章六条が被保険自動車のいわゆる車両入替を原則的に許容していること原判決の前記説示のとおりであることに照らしても明白である。そして、以上のような点は約款の合理的な解釈上においても到底無視し難いところである(なお、以上(ロ)の説示については東京高裁昭和六一年八月二六日判決判例タイムズ六二二号一九三頁及び様式体裁により真正に成立したと認める乙第九号証―石田満上智大学教授の意見書―参照)。

三しかるところ、控訴人らは、前記本件自動車売買契約は本件事故発生(昭和五六年九月一二日午後九時)の直前の頃買主未成年者高平の法定代理人母控訴人藤野照代が電話で売主英明(実質上の記名被保険者)に対しこれを取り消す旨の意思表示をし、このことについてはその直後にこれを知つた高平の父控訴人藤野利勝も同調したから、本件自動車は本件事故発生当時すでに前記「譲渡」のない状態に復しており、被控訴人の前記被保険自動車譲渡による免責の主張は結局失当であると主張するのに対し、被控訴人はこれを争い、右に主張の英明と控訴人照代の通話は事故発生後である当日の午後一一時頃であつたと主張するので検討する(なお、本件約款の解釈上、右のような売買契約取消による復帰も広義の「譲渡」であるからこれを保険者側に主張し対抗するためには当初の売買による譲渡及びその取消による復帰について順次所定の裏書手続とその承認を要するのではないかとの疑念も存するのであるがこの点については暫くおく。)。

1  まず、原審における控訴人藤野両名各本人尋問の結果によると、高平の法定代理人母控訴人照代は本件事故の直前である昭和五六年九月一二日午後九時少し前英明からの電話で本件売買契約がなされたことを知り、同人に対し高平が一八歳の未成年者であつて大学受験を控えていることを理由に「車を買う気は一切ないから車を引き取つてほしい」旨申し入れた旨、控訴人照代はこの五分ないし一〇分後である午後九時に帰宅した父控訴人利勝に右事情を報告したところ同人も同じ意向であつた旨こもごも供述しており、これらの供述は控訴人らの主張に副うのであるが、右の供述中時刻に関する部分は本件事故の発生した午後九時に極めて近接したものであつて、極めて微妙な点も在し、はたして客観的に右電話による会話及び父控訴人利勝の追認同調が本件事故発生前に存したか否か疑問なしとしないところである。のみならず、右電話の一方当事者である原審証人曽根英明の証言によれば、同人(昭和三八年三月生。自動車運転手)は当日の午後一〇時か一一時頃高平の親に残金の支払確保のための書面の作成交付を求めるため架電し説明したところ、控訴人照代が出て「勝手にそんな事をしてもらつては困る。車は引き取つてくれ。」といわれたので「それは困る。それでは、一二時頃までは起きているから、高平が帰宅したら電話してくれるよう伝えてほしい。」といつて電話を切つた、しかし、その日は電話がなかつたので、翌一三日朝再度架電したところ、控訴人照代が出て「あんたが高平を殺した。」等と述べたので、はじめて本件事故を知つた旨述べており、右のような証言及び同証人が特段本件両当事者のいずれか一方のためにことさら有利又は不利な供述をしなければならないほどの立場にあつたとは認め難い点を考えあわせると、結局、前掲控訴人らの供述だけでは控訴人らの前記事故前の売買契約取消の事実を肯認することは困難であるというほかなく、また、本件においては他に右主張を裏付けるに足る客観的証拠はない。

2 しかし、本件においては、事案に鑑み、特に、控訴人らの前記主張事実ことに時刻関係の供述を肯認しうるものとして検討をすすめるに、右控訴人らの主張によれば、本件自動車の所有権は本件事故発生の直前英明に復帰したとする点はこれを認めうるところである。

しかしながら、このような場合に、自動車保険の効力が再び旧に復したことを肯認するためには、単に当該被保険自動車の所有権復帰だけでは足りず、少くとも該車両が売主に現実に返還され、同人がその運行支配を回復すること(及び同人が別途新車を購入して車両入替手続をしていないこと)が必要であると解すべきであつて、その理由とするところは前示「譲渡」に関する約款解釈に関する説示と同一であつて、これとその解釈を異にすることは解釈上の整合性を欠くのみならず、その合理性もないと考えられる。

以上の見解と異なる控訴人らの当審における主張は採用することができない。

しかるところ、本件自動車が本件事故当時英明の支配管理に復していなかつたことは多言を要しない。

3  以上のとおりであるから、控訴人らの前記主張はいずれにしても失当というほかない。

四そうすると、控訴人らの本訴請求は爾余の判断をするまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富 滋 裁判官畑 郁夫 裁判官遠藤賢治)

別紙本件自家用自動車保険普通保険約款

第六章 一般条項

第五条(被保険自動車の譲渡)

① 被保険自動車が譲渡(所有権留保条項付売買契約に基づく買主または貸借契約に基づく借主を保険契約者または記名被保険者とする保険契約が締結されている場合の被保険自動車の返還を含みます。以下本条において同様とします。)された場合であつても、この保険契約によつて生ずる権利および義務は、譲受人(所有権留保条項付売買契約に基づく売主および貸借契約に基づく貸主を含みます。以下同様とします。)に移転しません。ただし、保険契約者がこの保険契約によつて生ずる権利および義務を被保険自動車の譲受人に譲渡する旨を書面をもつて当会社に通知し保険証券に承認の裏書を請求した場合において、当会社がこれを承認したときは、このかぎりではありません。

② 当会社は、被保険自動車が譲渡された後(前項ただし書の承認裏書請求書を受領した後を除きます。)に、被保険自動車について生じた事故については、保険金を支払いません。

第六条(被保険自動車の入替)

① 被保険自動車が廃車、譲渡または返還された後、その代替として被保険自動車の所有者(所有権留保条項付売買契約に基づく被保険自動車の買主および貸借契約に基づく被保険自動車の借主を含みます。)が被保険自動車と同一の用途および車種(別表に定める用途および車種を含みます。)の自動車を新たに取得し、または一年以上を期間とする貸借契約により借入れた場合(以下「自動車の入替」といいます。)に、保険契約者が書面をもつてその旨を当会社に通知し、保険証券に被保険自動車の変更の承認の裏書を請求した場合において、当会社がこれを承認したときは、新たに保険証券に裏書された自動車について、この保険契約を適用します。

② 当会社は、自動車の入替のあつた後(前項の承認裏書請求書を受領した後を除きます。)に、前項にいう新たに取得しまたは借入れた自動車について生じた事故については、保険金を支払いません。

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